絶滅動物: 2008年1月アーカイブ

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ドードー(Dodo)は、マダガスカル沖、モーリシャス島に生息していた絶滅した鳥類。

単にドードーといえばモーリシャスドードーを指す。ドードー科に属する鳥には他に2種がある。

発見されてから180年(100年、150年、80年という説あり)も経たずに絶滅したため、固有種を絶滅に追い込む人間の非業さを物語るものとして扱われる。

すでに絶滅していることと、音が擬音か何かのようであるため、何を指しているのかわかりやすくするため、ドードー鳥(ドードーとり・ドードーどり)と呼ばれることもある。

生態

巨体で翼が退化しており、飛ぶことはできなかった。植物食性で果実や木の実等を主食にしていたとされる。

9月が繁殖期で、巣は地面に作ったという記録がある。

呼称

ドードーの由来は、ポルトガル語で「のろま」という説と、鳴き声を模したものという説がある。

日本語では「愚鳩(グキュウ)」と呼称される事があり、またアメリカ英語では「DODO」の語は「滅びてしまった存在」の代名詞である。

鳥類学の世界では俗に「ドードー・ジンクス」と呼称される迷信があり、ドードーの事を詳細に調べようとした鳥類学者が次々と謎の早逝を遂げているとされる。

経緯

大航海時代初期の1507年(1505年という説もある)にポルトガル人によって生息地のマスカリン諸島が発見された。

同諸島が寄港地として利用されるようになると、飛ぶことも速く歩くこともできないドードーはオランダ人入植者によって食料や見世物として乱獲され、1681年のイギリス人ベンジャミン・ハリーの目撃を最後に姿を消した。

一説にはその肉は美味ではなく、脅威となったのは入植者の捕食よりも、むしろ彼等が持ち込んだイヌやブタ、ネズミによる雛や卵の捕食だったともいう。巣を地上に作るため、外来の捕食者にとって雛や卵をとるのは容易だった。

ドードーは、イギリス人博物学者ジョン・トラデスカントの死後、1683年にオックスフォードのアシュモーリアン博物館に収蔵された唯一の剥製が管理状態の悪さから1755年に焼却処分されたため、スケッチ以外は頭部、足などのごくわずかな断片的標本しか残されておらず、特異な形態に分類項目が議論されてきた(ロバート・シルヴァーバーグによれば、短足なダチョウ、ハゲタカ、ペンギン、シギ、ついにはトキの仲間という説もあったという)が、ハト目に属するとの説が有力だった。近年、爪の組織のDNA分析の結果ハトに近縁であることが改めて確認され、最も近縁のハトはミノバト(ニコバルバト)とされる。

また、肥満した鳥としても知られるが、現存するスケッチなどの図版は飼育個体のもので(船で見世物用にヨーロッパに連れてこられたため運動不足であったとされる。また「ドードー=肥満」というイメージに合わせて過食させられたとも)、野生状態では比較的スマートであったとする説もある(この事から前述のような「早く歩く事が出来ない」という事はなかったとも考えられるがアホウドリの例を見るまでもなく、人を恐れぬ無人島の大型鳥類にとって、早く逃走出来たところで人間が脅威であった事実に変わりはない)。ある個体が見世物小屋へ売られ、死後は剥製となったが、虫に食われてみすぼらしくなったため、燃やされた。しかし、足と頭部が残されオックスフォード大学の博物館に保存されている。

2006年6月25日までに、オランダの調査隊がモーリシャスにおいて比較的原型をとどめているドードーの化石を発見した事を公表、学術的解明の手掛りとなる事が期待されている。

なお、現在ドードーはモーリシャス共和国の国鳥に指定されている。また、国章にもドードーが描き込まれている。

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「原牛(げんぎゅう)」と呼ばれる、現在のヨーロッパ系統の家畜のウシの先祖に当たる種で、1万5千年前の洞窟画(=ラスコー)にその姿が残っている。

体格は体長250~310cm、体高140~185cm、体重600~1000kg。体色はオスが黒褐色または黒色、メスは褐色。角は大きく滑らかで、長さは80cmほどとされる。


生息していた各地で、開発による生息地の減少や食用などとしての乱獲、家畜化などによってオーロックスは消滅していった。

中世にはすでに現在のフランス・ドイツ・ポーランドなどの森林にしか見られなくなっていた。

16世紀には各地にオーロックスの禁猟区ができたが、それは単に諸侯が自らが狩猟する分の確保のために設けたものでしかなかったため、獲物をとりつくすとともに閉鎖された。

最後に残ったのはポーランド・ヤクトロフカの保護区であったが、そこでも密猟によってオーロックスの数は減り続け、1620年には最後の1頭となってしまった。

その1頭も1627年に死亡が確認され、オーロックスは絶滅した。
その後1920年代より、ドイツのベルリン及びミュンヘンの動物園において、現存するウシの中からオーロックスに近い特徴をもつものを交配させることによってオーロックスの姿を甦らせる試みがなされた。

作出は1932年に成功し、その個体の子孫は、現在でもドイツの動物園で飼育・展示されている。

このウシは体形や性質はオーロックスに近いものを持っているが体格は幾分小柄で、作出に携わった当時の動物園長の名をとって「Heck Cattle」とも呼ばれている。

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1905年(明治38年)1月23日に奈良県東吉野村鷲家口で捕獲された若いオス(後に標本となり現存する)が確実な最後の生息情報、というのが定説である。

しかし、2003年に「1910年(明治43年)8月に福井城址で捕獲されたイヌ科動物がニホンオオカミであった」との論文が発表された。だが、福井の件は標本が現存していない(空襲により焼失)ので、最後の例と認定するには不確実であるため、定説を書き換えるまでには至っていない。

学術的には、過去50年間生存の確認がなされない場合、その種は絶滅したとされるので、ニホンオオカミは絶滅種である。

同じく絶滅種である北海道に生育していたエゾオオカミとは別亜種であるとして区別される。

ニホンオオカミを記載し、飼育し、解剖学的にも分析したシーボルトによると、ニホンオオカミはハイイロオオカミと別種であるという見解である(ニホンオオカミの分類に関する議論については。

このように大陸産のハイイロオオカミの亜種ではなく、Canis hodophilaxとして独立種であるとすることもある。この場合でも、エゾオオカミはハイイロオオカミの亜種とされる。

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朱色の皮膚が露出している顔、トキ亜科特有の下方に湾曲したクチバシ(黒色。ただし先端は赤い)、後頭部にあるやや長めの冠羽が特徴である。全身は白っぽいが、翼の下面が朱鷺色(濃いピンク)をしている。また、春から夏にかけての繁殖期には首すじから黒い分泌物が出て、これを体に塗り付けるため頭から背のあたりが灰黒色になる。体長は約76cm、翼開長は約130cm。脚も頭と同様に朱色で、虹彩は橙色。幼鳥は全身灰色で、頭部が黄色である。

かつて日本では北海道南部から九州北部まで広く分布し、海外でもロシア極東(アムール川ウスリー川流域)、朝鮮半島台湾中国(北は吉林省、南は海南島、西は甘粛省まで)と東アジアの広い範囲にわたって生息しており、18世紀・19世紀前半まではごくありふれた、むしろ個体数の多い鳥であった。

しかし、いずれの国でも乱獲や開発によって19世紀から20世紀にかけて激減し、朝鮮半島では1978年板門店、ロシアでは1981年のウスリー川を最後に観察されておらず、日本でも2003年に最後の日本産トキ「キン」が死亡したことにより、トキが生き残っているのは中国のみとなった。

現在中国に生息している、またかつて日本に生息していたトキは留鳥(ただし、日本海側や北日本から、冬は太平洋側へと移動する漂鳥もいた)であるが、ロシアや中国北部、朝鮮半島など寒冷地に生息していたトキは渡りを行っていたとされる。

クチバシを湿地田圃などの泥中にさしこみ、ドジョウサワガニカエル昆虫などを捕食する。鳴き声は「ターア」「グァー」「カッ カッ」など。サギは首を曲げて飛ぶが、トキの場合は首を伸ばしたまま飛ぶ。

通常は数羽から十数羽程度の群を作って行動するが、繁殖期には番(つがい)か単独で行動する。マツコナラな どの木に、直径60cmほどの巣を作り、4月上旬頃に3〜4個の淡青緑色の卵を産む。抱卵は雌雄交替で期間は約1ヶ月。繁殖期のトキは非常に神経質で、巣 に人間や天敵が近付くとすぐに営巣を放棄してしまうが、一方で幼鳥の頃に親鳥とはぐれるなどした個体はよく人に慣れ、『キン』などは素手で捕獲されたほど である。

前述の通り、トキは繁殖期の前に頸側部からの分泌物を水浴びの後などに体に擦りつけ、自ら「繁殖羽」の黒色に染める。トキの頸部の皮膚は黒色で、こ の物質はそこから剥離するようである。トキ特有のこの羽色の変化は極めて異例であり、原理が解明されるのは20世紀も後半に入ってからのことであった(ロ シアの研究者が1891年に既に発表していたことが後に判明)。


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ガンジス川ブラマプトラ川の下流一帯の湿地にかって生息していたが、絶滅した。

体色は頭部がピンク色で、胴体は濃い茶色。全長25~28cm。木の枝に止まったり潜水したりはしない。「シュウ、シュウ…」という静かな声で鳴く。

19世紀末から食用や娯楽としてバライロガモ猟は盛んに行われた。もともとバライロガモが生息する湿地帯にはトラワニも生息しており、それが19世紀まで人間からバライロガモを守ってきたのだが、西洋人のスポーツハンティングはトラも標的にするわけだから、バライロガモを守る役には立たなくなった。

コルカタの市場では、1915年には1羽100ルピーの値が付くほどであったが、その後10年足らずで野生のバライロガモは市場から姿を消した。野生のバライロガモが最後に目撃されたのは1935年のことであった。ヨーロッパ動物園にはバライロガモを飼育しているところもあったが、いずれも繁殖には成功せず、1940年代の前半には絶滅したとされる。なお、第二次世界大戦の混乱のせいか、動物園で絶滅すればわかるはずの正確な絶滅日時は定かではない。



本当に絶滅したかどうかを確認することは難しい。ゾウガメのように、大きくてしかも動きが遅く、逃げ隠れしない上に生息範囲が狭いものは歩き回って確かめることも可能であるが、そのような生物はごく限られている(そのゾウガメですら、絶滅したとされていたセーシェルゾウガメに再発見説がある)。水に棲息する生物は大型の魚類ですらシーラカンスのように再発見されるケースやメガマウスのように未知のものが新発見されるケースがあり、絶滅の断定は非常に困難である。

有名な例ではオーストラリアフクロオオカミは1930年に野生個体と飼育個体の死が確認された時点で絶滅したと判断されたが、1933年に野生個体が捕獲され、3年後に死亡している。それ以降確実な記録はなく、絶滅したと考えられてはいるものの、不確実な目撃報告などは断続的にある。ニホンオオカミなども、まず確実に絶滅していると考えられてはいるが、未だにその生存を信じている向きもあり、「証拠写真」が時折発表される。

逆に最初から存在しなかったのではないかという例もある。ミヤコショウビンは1887年に宮古島で一羽捕獲され、それを元に新種記載されたが、その後一切の捕獲例がなく、絶滅したものといわれている。しかし、これが実はミクロネシア産のアカハラショウビンがたまたま飛来したもの、あるいは標本の保存中の事故で混乱した結果ではないかとの説がある。クマムシ類オンセンクマムシは温泉から発見されたこと、その構造上類似種がなく、単独で一綱を立てられている等、特異な種であるが、これもその後発見されていない上、標本も残っておらず、現在では疑問視されることが多い。


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絶滅(ぜつめつ)とは、一つの生物の全ての個体ぬことによって、その種が絶えること。種全体に対してではなく個体群に対していうこともある。野生のものも含めて全ての個体の死亡を確認するのは難しく、絶滅したとされた種の個体が後になって生存を確認されることもある。

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